かつて「不治の病」と恐れられたがんも、治療法の目覚ましい進歩により、「長く付き合う病気」へと変わりつつあります。その変化の主役となっているのが、「免疫チェックポイント阻害薬」と「分子標的薬」です。
これらは、従来の抗がん剤(細胞障害性抗がん薬)が「がん細胞だけでなく、正常な細胞にもダメージを与えてしまう」のに対し、よりがんを狙い撃ちにする新しいメカニズムを持つ薬です。この記事では、がん治療の個別化(オーダーメイド化)を牽引する、この2種類の薬について、仕組みや対象、副作用などを解説します。
免疫チェックポイント阻害薬 ~眠っていた免疫の力を呼び覚ます~
1. どのような薬なの?(仕組み)
私たちの体には、ウイルスや細菌などの異物を発見し、攻撃して排除する「免疫」というシステムが備わっています。この免疫は、自分の正常な細胞を誤って攻撃しないように、働きすぎを抑制する「ブレーキ」機能も持っています。これを免疫チェックポイントと呼びます。
賢いがん細胞は、このブレーキ機能(代表的なものにPD-L1という分子)を悪用し、免疫細胞(T細胞)にブレーキをかけることで、攻撃から巧みに逃れています。
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞がかけたこのブレーキを解除する薬です。ブレーキが外れた免疫細胞は、本来の力を取り戻し、再びがん細胞を異物として認識・攻撃できるようになります。

(画像:国立がん研究センター がん情報サービスより)
代表的な薬: ニボルマブ(オプジーボ®)、ペムブロリズマブ(キイトルーダ®)、アテゾリズマブ(テセントリク®)など
2. どのようながんに使えるの?
当初は一部の皮膚がん(悪性黒色腫)などに限定されていましたが、その有効性が次々と証明され、現在では以下のように非常に多くの種類のがんに保険適用となっています。
治療が行えるがんは、メラノーマ(悪性黒色腫)、非小細胞肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、頭頸部がん、胃がん、悪性胸膜中皮腫などです。
国立がん研究センター がん情報サービスより
3. メリットと副作用
- メリット:
- 一度効果が認められると、その効果が年単位で長く続く「長期生存」が期待できる場合があります。効果があるのは約2割の患者さんであるというデータがあります。
- 従来の抗がん剤が効かなかったがんにも効果を示すことがあります。
- デメリット(副作用):
- ブレーキを外した免疫が過剰に働き、正常な臓器を攻撃してしまう「免疫関連有害事象(irAE)」という特有の副作用が起こる可能性があります。
- 主なirAE:
- 皮膚障害: 発疹、かゆみ、白斑など
- 消化器障害: 下痢、大腸炎
- 内分泌障害: 甲状腺機能の異常(亢進症・低下症)、1型糖尿病など
- その他: 間質性肺炎、肝機能障害、腎機能障害、心筋炎、神経障害など、全身にあらゆる副作用が起こる可能性があります。
- 副作用の出現時期や種類が予測しにくいため、専門医による慎重な管理が必要です。
分子標的薬 ~がん細胞の「弱点」を狙い撃つ~
1. どのような薬なの?(仕組み)
がん細胞の増殖や転移には、特定の遺伝子の異常(変異)が関わっています。この異常な遺伝子が作る、がんの成長に不可欠な「特定の分子」だけを標的(ターゲット)にして、その働きをピンポイントで阻害するのが分子標的薬です。
鍵穴(標的分子)にピッタリ合う鍵(分子標的薬)で、がんの増殖スイッチをオフにするイメージです。そのため、治療前にはがん組織や血液を用いた遺伝子検査を行い、薬の標的となる遺伝子変異があるかどうかを調べることが不可欠です。
2. どのようながんに使われるか?
標的となる遺伝子変異が見つかった場合にのみ使用されます。免疫チェックポイント阻害薬と異なり、すべてのがんに使えるわけではありません。
代表的な標的と薬の例:
- 肺がん (EGFR遺伝子変異) → ゲフィチニブ(イレッサ®)、オシメルチニブ(タグリッソ®)など
- 乳がん (HER2陽性) → トラスツズマブ(ハーセプチン®)など
- 大腸がん (RAS遺伝子変異なし) → セツキシマブ(アービタックス®)など
3. メリットと副作用
- メリット:
- 標的が明確なため、従来の抗がん剤に比べて高い治療効果が期待できる場合があります。
- 正常な細胞への影響が少ないため、脱毛や吐き気といった副作用が比較的軽い傾向にあります。
- デメリット(副作用):
- 標的とする分子に応じた特有の副作用が現れます。
- 主な副作用: 皮膚障害(ニキビのような発疹、皮膚の乾燥)、爪囲炎(爪の周りの炎症)、下痢、高血圧、肝機能障害など。
- 長期間使用していると、がん細胞が性質を変えて薬が効かなくなる「耐性」が出現することが大きな課題です。
- 標的とする分子に応じた特有の副作用が現れます。
管理人はベクティビックスを使用しています。皮膚の炎症、息苦しさ、抜け毛、手足のしびれ、冷たいものが触れない、などの副作用を感じています。
治療費について ~高額療養費制度の活用~
これら新しい薬は、開発に莫大な費用がかかるため、薬価が非常に高額です。例えば、オプジーボ®は患者さんの体重によって変わりますが、月に数百万円の薬剤費がかかることもあります。
しかし、これらの薬はすべて公的医療保険の適用対象です。さらに、日本では「高額療養費制度」という優れた制度があります。
これは、1ヶ月(1日から末日まで)の医療費の自己負担額が、所得に応じて定められた上限額を超えた場合に、その超えた分が払い戻される制度です。
例えば、1ヶ月の総医療費が300万円かかったとしても、実際の自己負担額は10万円程度に収まります。さらに、過去12ヶ月以内に3回以上上限額に達した場合は、4回目から上限額がさらに引き下げられます(多数回該当)。
事前に「限度額適用認定証」を申請しておけば、病院の窓口での支払いを自己負担上限額までにとどめることができます。高額な治療を受ける際は、必ずこの制度を活用しましょう。
詳細は国立がん研究センターの公式HPにありますので、参考になさってください。ここでは書ききれませんので、リンク先を参照願います。
まとめ
免疫チェックポイント阻害薬と分子標的薬の登場は、がん治療を「個別化医療」の時代へと大きく前進させました。多くの患者さんにとって、大きな希望の光となっています。
しかし、これらの薬も万能ではなく、特有の副作用や耐性の問題もあります。
最も大切なのは、ご自身の病気や治療について正しく理解し、主治医と十分にコミュニケーションをとることです。分からないこと、不安なことは遠慮なく質問し、納得して治療に臨むことが、より良い結果につながります。